ごめん、やっぱり千里丘ネタ

体重:83.2
血圧:135/97

安定の83キロ代。。まるでベルリンの壁のように(こっちは崩壊したか。私の食欲も崩壊してるけど)、80キロ代がたちはだかる。。なんで減らないんだろう。それは。食べてるからです。ハイ。
昨日、うちの近くの公園で盆踊りが開かれました。

子供達がヤグラに登って、太鼓叩くやつです。この地区はちゃんとお囃子の楽器も演奏してた。すごい。私の子供の時はカセットテープだったような気がするし、うちの娘の子供会もカセットテープだったなぁ。なかなか、太鼓叩く機会もないから、いい体験になりますよね。
あ、ちなみに私のお腹にはいつも太鼓ありますわ「太鼓腹」はい、お後がよろしいようで。

では、昨日、よっちゃんの南山田小学校で、真面目に黙々といじめられながら、母かいい子だったと想い出してくれる日々を過ごし、「子供たちの体がデカくなり部屋狭し」という理由で(本当にそうだったのかな、知らんけど)、隣の駅、茨木駅の社宅に引っ越しました。

あ、思い出した。千里丘の社宅で、幼な心ながらに淡い初恋をしていたことを思い出したわ。ぽっ(想い出に頬を赤らめてます。)、千里丘幼稚園の頃、同じ社宅に住んでいた、竹内とおるくん、いや、ちゃうわ、ミノルくん(結局この頃の私の淡い恋の記憶は淡いと言うより薄い。忘れとるし。そりゃ忘れるわな、めっちゃ前やし)いい感じだった気がするが。で、一番記憶に残っているのが、ミノルくんが、幼稚園途中で引越してしまった。その時、強烈に残っている映像が、引越ししていくミノルくんの車に、「元気でね」とう挨拶して「私のこと、絶対に忘れないで!!」と、心の中で思って彼を思い泣いたような気がするー。あるとおもいます。(天津木村風)
あっけない初恋はマセがきの私は、4歳くらいでしたかね。ミノルくん元気かな(しんみり)

で、今日は茨木へと思ったけど、千里丘でおもろいこと、まだありました!!
(なんのブログなのか。。でも指が止まらないからいいよな)
私、千里丘の社宅のとき、社宅の周りに用水路がありまして。その用水路の上の柵に社宅の子供たちで座って語らい会っていたところ、バランスを崩し用水路に転落。。(皆さん、用水路っていっても、あっさいきったないドブ川です。溺れようがないくらい浅いのでご安心を。)
まるで、ちくわの磯辺揚げ揚げる前に、青のりと小麦粉を水で溶いた中に潜らせたような感じで、ヘドロにまとわれた状態で、泣きながら少し先輩子供に家まで連れて帰ってもらって、「おばちゃん、よっちゃんドブに落ちました」と引き渡されて、オカンに「あんた!!もー何したらこんなんになるの!!はよ服脱ぎっ!!!」と怒られました。し、か、も。後日懲りずにまた落ちて、磯部揚げみたいな状態になって、泣きながら連れて帰ってもらった2 (一回落ちてもうどうなるかわかっとるやろ。またなくなボケが)で、オカンの怒りは当然「またかいな!!あんたはアホちゃうか」と怒られた、淡い記憶が蘇りました。
私、結構やってますわ。落ちたり転んだり怪我したり。。ラジバンダリ〜(ダブルダッチ。ググったけど、顔見ても あ〜ってならんかった。誰やったっけ。ギャクだけは記憶に残ってる。すごいな一発ギャグって)

こうやって書いてると千里丘ネタ、いっぱい出てくるな。
・お兄ちゃんに、おんぶされて走っている時、高さを考えずに看板をすり抜けて
 私が激突して記憶を失った。
・お兄ちゃんに、銭湯行く前に背負い投げで、なげ飛ばれされて、マンホールの 角に頭ぶつけて、オギャーと生まれた千里丘中央病院で頭10針塗った。
(あの時の後頭部縫われた感触覚えてるし。頭にタオル巻いて、お父さんに自転車で運ばれたの覚えてる)
・お兄ちゃんに、風呂桶に一緒に浸かってる時、頭押されて湯船に激突して前歯が欠けた。その前に縄跳びで、飛んだまま前に転んで、縄跳び持ったまま、前に転んで、一番最初に受け止めた勇気ある前歯が欠けたので、ひび入っていたんやろうな。勢いよく折れました。
・お兄ちゃんと散髪ごっこしてて、バリカンでてっぺん刈られてしまい、西遊記で言うところの岸辺シローがやってた沙悟浄(サゴジョウ)みたいになって、髪が生えるまではニット帽かぶってました。三蔵法師にはならんかったからいいか。

こうやってみると、兄ちゃんにめっちゃやられてますね。
仲むづましい兄弟愛がはぐくまれた千里丘の日々でした。茨木に行けませんでしたわ。

コメント

タイトルとURLをコピーしました